2014年9月14日日曜日

『「子どものため」って誰のため』 天野秀昭 氏講演会


NPO法人「子どもへのまなざし」主催の講演会に行ってきました。
久しぶりのいい天気の下、仲田の森の自然に囲まれ
とてもよい雰囲気の中での2時間でした。

つい先日仕事の課外授業の感想で触れた脳科学的なアプローチなど、
子どもの遊びというものを、改めて考える良い機会になったので
講演内容のメモをシェア


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「子どものため」って誰のため
9/13(土)10:00~12:00@仲田の森蚕糸公園

講師:天野秀昭 氏
    1958年東京葛飾生まれ。「羽根木プレーパーク」で日本初の有給プレーリーダー。
    09年4月から、大正大学特命教授として、遊びに関わる大人の育成を目的として
    教鞭をとっている。


■自分が子どもの頃、遊び場に大人が居るのが嫌だった

・東京葛飾の生まれ
・子どもの頃、大人の目を盗んで危ない事とかしていた。
・大人になり、プレーリーダーとなって改めて、
 「大人が居るのは嫌なのでは?」プラスの面マイナスの面ってなんだろうと考えるようになった。


■消費の遊びと生産の遊び

・今、公園の砂場に行くとネットがかけてある。
⇒何故か?野良猫の糞対策。
 市の公園課に連絡が入る「猫の糞があるので処分してください」そんなの一々対応してらんない。
⇒結果として、猫が入れないように、網を張るという対策になった。
⇒では、砂場を活用する側で考えた場合、
 わざわざ網を外して遊んで、また網を張る気にならない。結果として使われなくなっている

・市に連絡した人は、親切心で連絡したのでは?
⇒消費者意識。(自分で片付けをしようという意識の欠落
 =自分たちはサービスを受ける側である
※自分が場を作るんだという意識が無い事が問題

・子どもの遊びは、生産であって消費は遊びでは無い
 (消費=おもちゃ、ゲーム 等お金を払って得るもの)
⇒消費者として、サービスの受け側になるのではなく、
 自ら遊びを生み出す力を育む事により、人生を切り開く力が見につく


■教育と遊育

・「鬼ごっこは遊びだと思うか?」
 「『本を読みたい子に、今から30分は鬼ごっこの時間だから鬼ごっこしなさい』は遊びか?」
⇒強制される遊びは遊びではない。遊びの本質はやってみたいという気持ち

・教育とは、教えて育てる。大人目線。教育者の価値。善悪、正誤。
・遊育とは、子ども目線。大人目線。遊んで育つ。子どもの価値(快不快、うれしい、楽しい =情動)
※大人が子どもの遊育に価値があると認められるか?

・少子化が問題になっているが、それは大人目線。子どもから見たら、多大化。
⇒大人多すぎ!常に大人の目にさらされている。大人の正しいと思う事しか体験できない。
⇒大人の価値観下で常に評価されている
⇒自分が生きているという実感が乏しくなり、何をして良いのか分からない。

・人間の脳の動物脳の部分(=情動)は3歳までに8割、8歳まで9割が形成される。
 一方人間脳(=善悪、正誤)の部分は18歳位までに形成される。
・子どもは正しいから遊んでいるのではなく、楽しいから遊んでいるのだ。
⇒「順番を守らなくてはいけない」、「『貸して』と云いなさい」、
 子ども同士で遊んでいる、喧嘩もひとつのコミュニケーション
・そもそも子どもは普遍性が高く、宗教、言語、文化の違い関係なく遊ぶ事が出来るが、
 大人になると違うという事をトリガーに戦争を起こしたりするようになる

※トラブルを事前に止めているのは「しつけ」という名の教育(=親目線)
 他人からの目を気にしているから。天野さん曰く周囲からのチクチクビームが痛い。
 結果として、子供同士のコミュニケーションの機会を奪っている。


■親の理想に応えようとする子ども

・人間というのは、1歳まで独りで立つことも出来ない
⇒周りの大人に可愛がられないと生きていけない
⇒結果として、「親の理想」「保育者の理想」を感じ取ってそれに応えようとしてしまう
例)プレイパークでの小四の子
・「僕ね、学校では仮面1枚付けてるんだよ。家では2枚だけどね」
⇒学校はパブリックな場所だから、多少は仕方がないにしても
 プライベートな場所な筈である家庭でも
 『親に迷惑をかけてはいけない』、『親には云えない』という気持ちが出てきてしまっている。

・遊びの3要素、「あぶない」「汚い」「うるさい」。この3つはしつけの対象だったりもする。
⇒怪我をするかもしれない、下手したら骨をおるかもしれない。
 でも、自分がやりたくてやった失敗は次の学びを生む。
 やらされてやった失敗は挫折を生む。
⇒自分の限界に挑戦し続ける限り身体の動きが変わってくる。
 (転んだ時、落ちたとき、大怪我につながらない)
⇒小さい頃から危ないから危ないからと、止めていると、
 身体が出来てきてから大怪我に繋がる場合がある

※大人にとって価値があるかどうかではなく、子どもが価値をもってやっている事を
 楽しんでみる、認めてあげるということが必要


■屋外で遊ぶ事の大切さ

・人間は身体を動かしながら、神経細胞のつながりを作っていく
・免疫系、代謝系の発達により興奮物質を調整できるようになる。
・屋外における大気の変化(日向と日陰の気温の違いや風など)
・ヌルヌル、ベタベタ、ザラザラ、ゴツゴツ、感覚器官が発達する
⇒屋内は、サラサラ、スベスベ、フワフワ、「快」の感覚ばかり

・身体は心のセンサー身体が育つの同時に心が育っていく
・屋外で思いっきり遊ぶ事が大事。遊ぶ=子どもの魂の創出
⇒早期から協調を強制をさせる事により、情動を抑え込む必要が出てくる。
⇒結果として、色々な事に無関心にならざるを得ない。やりたい事が無くなる。

※我慢し続けた結果、思春期以降に爆発する可能性がある


■子どもが育つ環境づくりを

・遊育を受け入れる大人が増えると子どもが増えると自己肯定感が育まれた子どもが育つ
・何故いじめがおきるのか?
⇒いじめが悪い事は分かっているいるから、隠れてする
⇒他人を傷つけるのを楽しんでる
⇒自分が傷つけられて、誰にも救われずに育ってきたので、相手も同じ目に合わそうとしている。

※いじめ側の問題に目を向けてみる。その背景に何があるのか?

・子どもと向き合う事で、逆に同じ景色が見えなくなる可能性がある。視線がこうなる ←→
・子どもと並んで、同じ方向を向いたほうが同じ視線で語れる。 →→
・親も子どもも色々な世界や文化に触れ、
 大人も色々な子どもが居る事を知り、子どもも色々な大人が居る事を知る事で
 世界観が広がる。


■質疑

Q:親世代が既に遊育で育っていない為、自己肯定感も低く
  自分自身と子育てのダブルで大変

A:プレイパークへ行け。
 大人が集まり、色々な世代、色々な立場、色々な価値観の人間に触れ合いながら、
 大人同士のネットワークを築いていく事で、自分ひとりで子育てをするという意識を持たない事。
 母親は妊娠出産を契機に生まれ変わる機会に恵まれている。
 子育てもしながら自分の人生を大切に。


Q:自宅の庭を近所の子どもに開放しているが、最近小学校の高学年生による心無い悪戯
 (金魚を生きたまま埋める、ハンモックを切る)などが出てきた事に怒りを感じる。

A:何故、そんな事をするのか、その子の背景に何があるのかを考えてみる。
 近所の頼れるおばちゃんを目指すべし


Q:小学校四年生の息子と友達がDSを何時間もやり続けているのが気になる

A:何故、DSの世界にはまるのか?毎日がつまらない。
 ゲームを超える楽しい事が無い、貧しい日常。
 現実世界は、やってはいけない事だらけ。
 ゲームの世界ではやりたい事が出来る。
 ゲームを超える日常の環境をつくってあげるのが大人の役目。


Q:野育についてもう少し詳しく

A:現在、待機児童ゼロ政策の下、園庭が無い保育園、幼稚園も増えてきている。
 国の政策は、預かれる環境を作るという事に終始している為、環境まで頭が回っていない。
 現在、月1で色々な園を回り、講演を行っている。
 園庭が無ければ、外に出てのびのび遊べる環境を。


Q:父親の子育て参加や遊育への意識変化へ

A:親父にも色々な親父が居るという事、色々な子育てがあるという事を知る。
 ここ(土曜の森)のような場所に連れ出す。
 世界を広げてあげることで、自分の子育て感が如何に相対的なものかを知る事が大切。


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子どもと向き合う、夫婦で向き合うなど 良く聞く言い回しだが
視線の向きが異なる事で、意外と見えてる景色が異なるというのは、
云いえて妙だと感じた。
相手の事を理解しようとするのであれば、横に座り肩を並べて
同じ景色を見ながら語る方が相手の事がより分かるというのは、
子育てだけでなくても使える考え方かも。

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